ここは哲学と東洋思想の小さな宇宙です
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5) ナーラーヤナ
ヴィシュヌは、ナーラーヤナとして信仰されることがある。ヴィシュヌ派の中でも、とりわけパーンチャラートラ派においては、それが著しい。
ナーラーヤナは、古くは『シャタパタ・ブラーフマナ』13.6.1.1以下に現れる。そこで、ナーラーヤナはプルシャと同一視される。このプルシャは『リグ・ヴェーダ』10.90「プルシャ(原人)の歌」に説かれるプルシャである。巨人解体による宇宙創造の主人公で、このプルシャの身体各部分からブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの4階級が生まれ出たとされる。一説によれば、この讃歌の作者がナーラーヤナで、讃歌の作者と讃歌に説かれるプルシャとが同一視されたのではないかという。1)
上述の『シャタパタ・ブラーフマナ』の箇所には、「パーンチャラートラ」も言及される。この語は、「五夜」を意味するパンチャ・ラートラに基づく語であるが、ここではプルシャを生贄とする五日にわたる祭式、プルシャメーダをさす。パーンチャラートラ派の名もここから由来すると考えられている。2)
紀元前3世紀頃に成立した『マハーナーラーヤナ・ウパニシャッド』において、ナーラーヤナは宇宙の最高神,ブラフマンとして称えられる。その第3章には、ガーヤトリーという音律の讃歌が現れる。それは、どれも" (A) vidmahe (B) dhῑmahi, tan no (C) pracodayāt "「われらはAを知り、Bを瞑想できますように。そこにわれらをCは導きたまえ」(A,B,Cは各讃歌で異なる)という形をもつが、16番目のガーヤトリーの(A)はナーラーヤナ、(B)はヴァースデーヴァ、(C)はヴィシュヌである。これによって、ナーラーヤナとヴィシュヌの同一視がすでに確立していたと見るかどうかは、学者によって見解が分かれる。3)
『マハーバーラタ』の12.321-339は、「ナーラーヤニーヤ」と呼ばれる部分である。ここではハリ・ナーラーヤナという呼称が用いられ、やや曖昧ではあるが、ヴィシュヌの化身としてのナーラーヤナが説かれる(12.236.68ff.)。「ナーラーヤニーヤ」の成立年代は、はっきりしないが、バーガヴァタに言及し(12.237.2)、「信愛」(bhakti)が強調されることから、紀元前2世紀頃に成立したであろう『バガヴァッド・ギーター』よりは後と推定されている。4)
「ナーラーヤニーヤ」には、ナーラーヤナの名前についての語源解釈が出る。(12.328.34-35)
「私は、諸々の個我の性質を知っている。私が何であり、私がなぜ(そう呼ばれるかを知っている。)バーラタよ。 私は、抑止を特質とするダルマであり、また正しく繁栄に導くものとしても、 ただひとり不滅で、人間たち(ナラ)のよるべき道(アヤナ)といわれる。 水はナーラと呼ばれる。水はナラの子供たちだから。 それ(水 ナーラ)は、昔、私の住居(アヤナ)であった。だから、私はナーラーヤナなのである。」5)
ナーラーヤナは、仏教では怪力の力士と見なされ、仏法の守護神として取り入れられた。漢訳では那羅延天とされる。
注
1) 『ウパニシャット全書』五、(東方出版) 山田龍城「マハーナーラーヤナ・ウパニシャット解題」 p.304.
Jan Gonda, A History of Indian Literature -- Medieval Religious Literature in Sanskrit, Wiesbaden, 1977, p.8.
2) Winternitz, A History of Indian Literature, New Delhi, 1972 (rpt.1977), vol.I, p.588. f.n.3.
3) Keith, Indian Mythology, Boston, 1917 (rpt. New Delhi, 1990) , p.80.
山田龍城、前掲書、p.306参照.
『マハーナーラーヤナ・ウパニシャッド』は『タイッティリーヤ・アーラニヤカ』の第10章としても伝えられた。
4) Jan Gonda, ibid., p.8.
中村了昭『マハーバーラタの哲学』下、平楽寺書店、2000年、p.897ff. (『マハーバーラタ』のテキストは、1966年に完成したプーナ批判校訂版が一般に用いられるが、この翻訳は1933年に完成したキンジャワデカル編集による版を用いるので、テキストと章の番号が異なる。たとえば、本書p.941には、ヴシュヌの化身(アヴァターラ)であるイノシシ、人獅子、小人、パラシュラーマ、ラーマ、カルキンに言及する詩節104があるが、これは、プーナ批判校訂版では削除されている。)
5) 「水はナーラと呼ばれる」以下は、『マヌ法典』1.10にほぼ同文が出る。