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3.ヴェーダ祭式
ヴェーダ祭式には、「グリヒヤ祭式」と「シュラウタ祭式」とがある。この二種の分類は境界が必ずしも明確ではないところもあるが、「グリヒヤ祭式」は、家長が家庭において実行することを求められた祭式で、誕生式・成人式・結婚式など人生の通過儀礼や神々への毎日の供養がこれに含まれる。「シュラウタ祭式」は戸外に祭場を設けて祭官が執行するもので、次節のブラーフマナの祭式至上主義との関連で特に問題となるのはこのシュラウタ祭式である。これはおよそ次のようなものである。
祭式(ヤジュニャ)は祭主(ヤジャマーナ)の依頼により、祭官達によって行われる。祭主は妻帯者であれば「再生族」(上位3階級のバラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャに属するもの)の誰でもなることができたが、事実上は裕福なバラモン、クシャトリアなどに限られた。
祭官は職分によって、(1)リグ・ヴェーダの讃歌を唱えるホートリ祭官、(2)サーマ・ヴェーダの神々への讃歌を歌うウドギートリ祭官、(3)ヤジュル・ヴェーダを唱えながら祭式の実務を担当し、供物を祭火に投げ入れるアドヴァルユ祭官、(4)祭式に造詣が深く、誤りがないよう進行を見守り監督するブラフマン祭官に分かれる。
祭式の中で最も重要な行為は「祭火に供物を投げ入れること」で「ホーマ(homa)」といわれる。(密教の「護摩」は「ホーマ」の訳語である。)上に記した通り、アドヴァルユ祭官の役割とされるが、古い時代は、ホートリ祭官がこの中心的な役割を担い、供物を祭火に投げ入れたらしい。「ホートリ」は、語源学者ヤースカによれば、語根hve(呼ぶ)の派生語で「呼びかける人」(Nirukuta VII.15)の意味であるが、元来は語根hu(注ぐ)の派生語で「注ぐ人」あるいは「投げ入れる人」という意味であったと推定されるからである。1)後にその役割が、アドヴァルユ祭官に移ったものと考えられている。
祭場には平らな地が選ばれ、中央に祭壇(ヴェーディ)が作られる。祭壇は少女の身体に似ているといわれ2)、長方形の長辺が内側にゆがんだ形をしている。祭壇には神の座として吉祥(クシャ)草が敷かれ、祭具が置かれる。
三つの祭火が祭壇の周りに設置される。祭壇の西にはガールハパティヤ(家長)祭火が据えられ、ここで供物が準備される。供物を投げ入れるアーハヴァニーヤ(献供)祭火は祭壇の東に据えられる。悪鬼の侵入を防ぐとされるダクシナ(南)祭火は、祭壇の西南に設けられる。
祭式は供物の種類で分けられる。3)
1) ハヴィル・ヤジュニャは、穀物、乳、乳製品などを供物とする。
<アグニホートラ>
この部類に入る祭式の代表は「アグニホートラ」(火の供養)で、朝夕、火神アグニに乳を供える祭式である。これは最も単純な祭式でアドヴァルユ祭官一人で行われるが、最も重要な祭式でバラモンの生涯の義務とされる。この祭式は日々太陽に昇る力を付与すると考えられたという説がある。
<ダルシャ・プールナ・マーサ>
また、新月と満月の日を中心に行われる「ダルシャ・プールナ・マーサ」(新満月祭)もハヴィル・ヤジュニャの一種である。
2) ソーマ・ヤジュニャはソーマを供物として供える祭式で、この祭式では犠牲獣も大きな役割を果たす。規模が大きく、上記の祭壇の東にマハーヴェーディというもう一つの祭壇が築かれる。
<アグニチャヤナ>
「アグニチャヤナ」(アグニ祭壇構築祭)では、煉瓦によって両翼10メートルを越える大鷲の形をした祭壇が築かれる。この鷲は天地の間を自由に飛び、祭主を天界まで送ると想定される。
<ジョーティシュトーマ、アグニシュトーマ>
ソーマ・ヤジュニャには、「ジョーティシュトーマ」(光の称賛)と総称される七種の祭式が含まれる。4) その筆頭に位置づけられるのが、「アグニシュトーマ」(火の称賛)で、朝昼夕の三度のソーマの圧搾と献供、そしてヤギの犠牲がその中心をなしている。16人の祭官によって執行される。これがソーマ・ヤジュニャの基本形となる祭式である。
<ラージャスーヤ、アシュヴァメーダ>
この他に、ソーマ・ヤジュニャには、王の即位式「ラージャスーヤ」や馬を犠牲獣とする国家的な祭典「アシュヴァメーダ」(馬祠祭)などが含まれる。
ソーマが何であるかは、既にヴェーダ時代末期にわからなくなっていた。現在も諸説あるが、ベニテングダケなど幻覚作用のあるキノコの一種とする説が有力である。圧搾して汁をミルクに混ぜ5)、祭火に注いだ残りは祭官が飲んだ。ソーマは彼らの詩心を刺激し霊感を呼び覚まし、幾多のヴェーダの詩句が生み出された。『リグ・ヴェーダ』10.119は、訳者によって「ソーマに酩酊した者の独白」と名づけられている。6) もっとも、ヴェーダは、伝統によれば詩人が<創作したもの>ではなく、<天から聞かされたもの>であって、そのため「シュルティ」(天啓聖典)と呼ばれたことは注意を有する。
注
1) Scharfe, Hartmut, "The Great Rituals --- were they meaningless?" Sanskrit and Related Studies, Delhi, 1990, p.93.
2) 『シャタパタ・ブラーフマナ』 1.2.5.16 「ヴェーディは西側で幅広く、中央でくびれていて、東側で再び広くあるべし。なぜならば、このごときものとして少女は称えられるから」井狩彌介「アーパスタンバ・シュルバスートラ」 『インド天文学・数学集』 朝日出版社、1980年、407頁参照。
3) 動物を供物とする「パシュ・バンダ」を独立の種類とすることもあるが、ヴェーダ聖典(シュルティ)の段階では独立した祭式とはみなされず、ソーマ祭の基本形アグニシュトーマの一部分であった。時代が下って、シュラウタ・スートラの段階になって独立の扱いを受けるようになった。犠牲獣としてはヤギが最もよく用いられた。犠牲獣をつなぐための柱は、「ユーパ」(祭柱)と呼ばれた。 井狩彌介「アーパスタンバ・シュルバスートラ」『インド天文学・数学集』朝日出版社、1980年、416頁参照。
4) 七種とは(1)アグニシュトーマ (2)アティアグニシュトーマ (3)ウクティヤ (4)ショーダシン(5)ヴァージャペーヤ (6)アティラートラ (7)アプトールヤーマである。 Keith, The religion and Philosophy of the Veda and Upanishads, vol.2, p.334. 一説によれば、アグニシュトーマは、一年の始まりに当たる春の新月もしくは満月の日に行われたとされる。 Keith, ibid, p.327.
5) ソーマは、ゾロアスター教でも「ハオマ」という名で、同じようにミルクに混ぜて用いられた。ヴェーダの宗教は、古代ペルシアのゾロアスター教(拝火教)と言語上の密接な繋がりがあるが、火が重要な役割を果たすという点でも共通している。 辻直四郎『インド文明の曙』 岩波新書、1967年、27頁以下参照。
6) 辻直四郎『リグ・ヴェーダ讃歌』 岩波文庫、1970年、115頁以下参照。
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参考文献
Keith, The religion and Philosophy of the Veda and Upanishads, Harvard Oriental Series 32, 1925.
辻直四郎編
『ヴェーダ・アヴェスター』(筑摩世界古典文学全集3)筑摩書房、1967年
井狩彌介
「アーパスタンバ・シュルバスートラ」『インド天文学・数学集』朝日出版社、1980年
井狩彌介
「ヴェーダ祭式の思考と世界観」『岩波講座東洋思想』第7巻、1989年序